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エルサレムに行きたいと思って、いろいろ調べるけれどやはり渡航に対する注意情報が出ている。
「渡航を延期して下さい(継続)」という勧告もあるけれど、でもそれに解除という選択肢は無いような気がするのでなんだか不思議な気持ちになる。だって例えば私が生きているであろう後何十年(仮に50年としても)かでそれが解決されるのであれば、2000余年も「継続」されているあの問題は一体なんなんだろう、なんだったんだろうということになる。

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なんとか坊主というやつ、みたいな。

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ほら、春ってよく(人が)死ぬじゃん。
と言ったのは先輩で、毎年春になるとこのことばがなんとなく頭にいる。
ちょうど近隣で人が死んだ事件、というほどでもないけどそういことがあって、しかも先輩の知人も亡くなって彼は葬儀に出るので仕事を早退するという話を聞いていた時だったと思う。
人柄もあるけどあまりにもさらっと言うので、あとからじわじわ不思議になってきてこうやって忘れないでいるほど、なぜかその場ではすんなり受け入れてしまった。

個人的にはでも、(死ぬのは)夏だと思う。
山梨の山中、うだるような暑さの中で曾祖父が焼かれてる煙が小屋から上がっているのを見てた。

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今年も、今朝ついにあの臭いが来た。
桜が散って、しかも昨夜雨が降って、水分を存分に含んで新緑がいっぱいに芽吹いた感じの草いきれ?のような臭いが…。
本当だったら、ああ春(初夏?)が来た気持ちがよい!と思うところかもしれないけれど、生命力にあふれ(過ぎ)ていて野生の生き物みたいな…獣臭い感じがして大袈裟に言えば吐き気がする。

これを気味悪いと思うのは、単に嗅ぎ慣れていないからだと思うけれど。
でも。自分の生命力も負けているのかもしれない。
動物ではないのに(動植物ということばもあるけど)、なぜあんなに生き物臭いんだろう。


新緑の緑はほんとうにモニターの色みたいと思う。RGB。

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友人の家でご飯を食べてきた。茄子の煮浸しがびっくりするほど美味しくて、それだけでご飯何杯でも食べれる気になる。
友人の部屋は二階建てのアパートの二階で、アパートの裏には一軒家が並んで建っていて、どの家も庭をそのアパートに向けている。ちょうどアパートのま裏にあたるある家の庭に、薬局によくいるカエルの人形が立っていて、それを人影と思ってぎょっとしてよく見ると、人形に向かい合って、本物の人間もいた。(暗くて人の方を認識するのが遅れた。)廊下も二階だし、そんなに遠くないからあまり見すぎると気づかれるかも、と思ってゆっくり歩いて観察していると、その人(年配の男性)はなにか人形に向かって動作をしていた。なにかを振り掛けるような。
それ以来、その庭で人影は見ていない。今日も見なかった。これは気のせいかもしれないけれど、家の電気もついている時を見たことがない。

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桜が満開だ。仕事の帰りに近くの公園に寄ったら、月曜日だったというのに、たくさんの団体がいて、めいめい騒いでた。
満開の桜の木、特に公園か並木みたいに何本か密集しているのを見ると、飽和水溶液、という単語が頭をよぎる。もうこれ以上この溶けきらない、というような感じの意味だったと思う。理科の授業の内容は全然頭に入ってこなかったけれど、この単語だけ授業中に聞いて、ぎょっとした記憶がある。多分中学生くらいだと思うから飽和という単語を知らなかったわけでは無さそうだけど、その単語の語感と、意味も相まってどろどろとした感じ、あとなぜか容器いっぱいの液体が表面張力で保たれてるどアップの画が浮かんで、気味の悪さを覚えた。
満開の桜も、ぼてっとしてて、これ以上盛れないというか、これ以上風が強く吹くとぶどうの房のようなあのでまま落ちる、と思う。飽和。
桜の木の下には死体が、というのは梶井基次郎だったけど、夜に満開の桜の木をみると白い花自体がおばけのように見える。

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地震。でも地面じゃなく、空が揺れている。(接地面がないから当たり前だけど)揺れはわからない。でも見て、これは地震なのだと思う。二重構造に なっていて、中に水?かなにかが入ってて内側のボールがくるくるするおもちゃのボールの感じに似ている。それよりもかなり遅い感じだけど。ずいぶん長く揺 れている。なにかが起こりそうでなんとなく不安になる。雲はあったか?自転車に乗っていたが、このままでは乗れないような気がする。吉祥寺かも。

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地震に強い家とか、これからは何メートルの津波に耐えられるマンションとかどんどん出てくるんだろうけど、でもそれってすごく日本的で、そして微妙に恐ろしいことのようにも思う。
(戦後日本の工業とか産業?特に機械系のもの、家電とかは、優しさ?親切さ?かなんかのキーワードでもって発展した。因みに他国は相変わらず軍事目的で発展してく。っていうことをなにかで読んだことを思いだしつつ)
首都圏大地震とか、東海もずっと言われてるし、そのいつか来るであろうものにこの感じで対策していったらいつかきっと、揺れだけはなんとなく感じるけれど、建物の内も外も落ちたり壊れたりとかなく、ライフラインにも影響なし。みたいになってもおかしくないかも、と思った。
まあ自然なめんなって感じだろうけど、限りなくこれに近いようなことは実現されそう。
それが起こっているのは理解できているけれど身体は、という感じ。
ということを朝、思っただけ。

愛知出身の友人の実家は、阪神淡路大震災で家が一番倒れなかった住宅メーカーで家を建て直ししたらしい。

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日記